おはようございます。サイト管理人7転7起です。

内緒なんですが(笑)、僕、精神病(仮)なんですよ〜

過去の7年間の経験を少し説明させていただきたいなと思い、この文章を書くことにしました。

7年前の6月の末。僕は妻から(元嫁)、しつこく精神科に通院するように迫られました。
彼女は僕がかつてうつ病にかかった時に診ていただいていた、池田にある
KクリニックのA Dr.に電話で連絡を取り
「うちの旦那があたまおかしいから・・・診てやってほしい」系の連絡を取っていたんだと思います。

15年ほど前から『幸せな子孫へ』というBlogをやっており(Google検索では 意図的に引っかからないみたい)
世界経済に対する考察、世界の支配構造に対する推察、日本の政治に対する批判、
そしてこの狂った社会の根源にあるのは、人の心のもちようの問題であり、負の連鎖を断ち切るためには
どのような心持ちで社会に対して働きかけるのが良いのか、そういった視点でBlogを書いていました。

Twitterでは、世界経済・政治に対する批判、日本の政治に対する批判、経団連系に対する批判
などを書いていましたね。(批判ばかりでなく、心の問題で自分の考えもたくさん書いていました。)

7年前の6月中旬に、池田市の産業総合研究所で、爆発騒ぎがありました。
僕の思い過ごしなのですが・・・その爆発騒ぎを散歩中、目のあたりにして
「これは、自分に対する脅しなのか?」などと無意味な妄想を働かせてしまいました。
同時に初めて Twitterで炎上っぽい状態になって、必死に(夜もあまり寝ずに)対応していたのを思い出します。

6月の25日ぐらいだったと思いますが、あまりに嫁 & 義弟が
「精神科にいけ、薬を飲め」とうるさいので、ウザくなって、仕事道具のPCをもって
実家に退避することにしました。

そうしたら、僕の友人(かつての仕事場の後輩)が、わざわざ横浜から車を飛ばして
豊中の実家までやってきました。
なにをしに来たのかなぁ?? と思って話を聴いていると
「三戸さん、精神科に行きましょう」と(笑)

うざいから、帰れと言ったんですが・・・
気分転換にドライブしましょうというので、しかたなく付き合うことに

そしたら、彼、車で、池田のKクリニックに直行しようとするのですよね(汗;
あまりにムカついたので、途中で車を降ろせと 口論に。

で、彼も諦めたようなんですが・・・、実家に連れ帰るのではなく
問題の元嫁が居る 当時のぼくの家 池田市に連れていきました。
そしたら、その日の夕方、もう1人の僕の友人(彼も会社の後輩)が
京都から車で駆けつけてきました。

元嫁、横浜の後輩、京都の後輩 3人から延々
精神科にいけ 攻撃をうけ・・・ 僕は切れて、23時頃
自室に戻り、先に眠ることにしました。

後輩二人は泊まる気できたようで、夜中まで元嫁と酒盛りをしていました。
で、僕には娘が2人居るんですが(当時 小2と幼稚園の年長さん)
彼女たち2人は、用意周到に、近所に済む義母の家に預けられていました。

で、朝方6時頃に目が覚めたので・・・
7時前に、義母の家に向かって、1人で散歩開始。
7時過ぎに義母の家につき、娘達と機関車トーマスのDVDを観ながら
朝食をいただきました。

で朝の9時ジャストぐらいに。
義母の家に、いきなり池田の消防隊員3名が乗り込んできて
「三戸さん、入院しないといけません!!」と。

あまりに唐突で意味不明だったので、口論し、いなしてました。
が、30分後ぐらいに A Dr.が 土曜朝の自分の診察を
放り出して、義母の家に乗り込んできたのです・・・・(驚)

彼女も消防隊員と同じように「三戸くん、入院しないとダメだと」
でもですねぇ。。。彼女僕の診察してないんですよ。
なんでそんな人にそんなこと言われないといけないか、意味不明だったので
あぁこれは医師会系から圧力がかかったのかな?なんて想像しましたね。

消防隊員で唯一話の通じる方が1人居たので、
その方と話をし、義母の家でこういうことをするのは、彼女に迷惑になるので
歩いて10分ちょっとの僕の自宅まで歩いて戻りたいとお願いし、
自宅へ戻ることに。

自宅に戻ると、義弟が何故かやってきていて、義弟と横浜の友人が
僕を担ぎ上げ、救急車に放り込もうとしました。

消防隊の信頼できる方に頼み、放り込まれるのはなんとか回避。

で、家の前で消防隊、A Dr.と延々押し問答。
1時間半ほどそういうことをして、やっと彼らは去っていってくれたのですが・・・
今度は元嫁と京都の友人が呼んだであろう、警察が
パトカー5台くらい 計30名ほど(これはマジの実数です)やってきました。

朝の11時半頃から夜の20時前まで
自宅の前で延々警察と押し問答。

話の内容はあいも変わらず「三戸さん、精神科に行きましょう」(笑)

20時頃解放されたので、1人で最低限の飯を作り、眠りました。
(嫁と友人たちは どこか別のところに泊まってました。。。)

次の日の昼前に、元嫁が乗り込んできて
いきなり 「きゃー助けてー 殺される〜」みたいな声を上げ
同時に横浜の友人が 僕を羽交い締めにする。

元嫁はなぜか紙のガムテープで僕の足をぐるぐる巻きにしてました。

そしたらまた制服をきた警察が10名と私服警官が5名ほどやってきました。
そっからまた20時前まで押し問答。
結局お引き取り願いました。

で、1人になったので、風呂に入ろうとしたんですが
風呂場に干してある 僕の衣服から異常なまでの異臭が。。。。
怖くなって家中の窓を開け換気扇を回しました。

あまりに息苦しかったので、ガレージに布団を持って出て
眠ることにしました。

次の日朝の5時頃に目覚め、苦しいながらもなんとか
生存している自分に感謝しつつ・・・ でも
ここに居たら、また警察がやってくるかもと思ったので
豊中の実家に逃げ帰ることにしました。

交通機関を使えば1時間ほどで帰れるのですが・・・・
警察に捕まりそうな気がしたので(妄想です・・・(笑))

歩いて帰りました。
直線距離で4〜5時間で帰れるのですが・・・
まる一日かけてあっちフラフラこっちフラフラしながら
実家に次の日の朝に帰りました。

実家に帰ると 母が妙にそわそわしていて・・・
まぁでも24時間ほど歩き続けて疲れていたので
2階で仮眠をすることに。
数時間眠ったでしょうか・・・・興奮していたので目が覚めて。
そしたら、池田市の保健所のNさんという女性が
いきなり実家の2階の僕の部屋にやってきました。

彼女曰く「精神科に行きましょう、時間がないんです」を連呼。

僕は「時間はたっぷりあるからゆっくり話しましょう」と。

彼女は「時間がないんです」を連呼(飽れ)

そんなことを30分ほどしていたでしょうか
池田の保健所の男衆4人が2階まで上がり込んできて
両手足を捕まれ、階段を引き釣り降ろされ、ワンボックスカーに
放り込まれ、箕面市にある病院へ強制入院となりました(涙;

このあたりの経緯、1年10ヶ月ほど前に茨木市にある病院への強制入院された経緯など
書いていますので、よろしければ、以下のURLの1つ目と、3つ目の
記事を読んでください。

Blog 『幸せな子孫へ』
http://happyjapan.blog110.fc2.com/page-2.html

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